なう(2021-01-01 00-05-41)
えーと、正月です。
まずはあけましておめでとうございます。
なんだかんだ言ってもうこんな時間です。何を書き残して置けばいいのか、時に何事もなかった平和な一年だったと今では思えます。正直現実的に思えば私たちの未来は不安でしかない 価値観が違いすぎて葛藤したし厭にもなった。それでも死にたいとは思わなかった、基本全部なる様にしかならないと思ってるのでだれがわるいとかそういうの、擦り付けて自分を持ち上げることはしないわけですわたしは、(いいきかせています)。
大体この今を選んだのは私だから、過去の自分を否定することは今の自分に繋がらないので、過去を悔やんでも今は変わらないので、そういうのくだらないし虚しいだけ、ですからその辺はあきらめて今だけを見ています。(そうありたいね)。
子供たちが如何に幸せに生きて活けるか、それだけを思っている。
このちっぽけな箱庭で、解放された間口から 沢山のことと触れて、世界と内(家)との差を十分理解し、それでも後悔の無いように、
子供達には強く未来を思って生きて行って欲しいものです。
しかし去年を振り返ればまぁ、世界的に粛清がかかったので、まあお正月といえどお客様もいらっしゃらないわけです。ですけれども、やはりお正月というものはごく普通にやって来るもので、それをないがしろにすることはさすがに出てきませんでした。
これはね、まぁ子供達の為っていうのもある。行事ってやつが日本に住まうにあたりそれが当たり前であることをきちんと受け入れ着せて置いて欲しいから、ですかね。なんだかんだいっても、正月なんてもんは確かにただの明日でしかないわけですよ区切りでしかない。けれどやはりその区切りを迎えられたことがひとつの記憶のタグに至るのかなと、思いますから。
なんて自分が作りたいだけ 自分が一番着せたいだけ、なのかもしれません。理由なんてどうでもいいんですけどね、衝動のまま生きていたい 理由なんてどうでもいい、てなわけで今年も又ナメタガレイを煮て、寿司を食って、煮しめを作り、雑煮を啜り、きっとピザを貪るのです、そういう変わらないお正月で、月日の繰り返しで在りたいと思います。
そうなんですよね、結局変わることは新しいことで面倒なことで不安にしかないらない。
挑戦できるほど若くもなくて 今のままで十分幸せだと小さな箱庭を築いてしまったので、
もう私はそれだけで両手いっぱいいっぱいで満ち足りている、小物になったのだから
固まったのだからそれが私なのだと、納得したところです。
とりあえず少年の就職が決まり、少女の受験が控えています。受かると良いですね。本当にそれを思います、彼らの思いが惑うことなく成就していけばいい、それはきっと彼らの努力が実を結んだことであり、彼らの自信にも繋がって行くのでしょうから。
夢は持った方がいい、未来を希望に想い、見つめ この手に抱けるように、彼らの災難を失くせるように 私達先人がなすべきことは、少ししかない。
行く先を惑うことなく定め歩めるように己自身を信じ、続けられるかどうか、その強さを持たせること、
もしかすればそれは、蓄積された先人のおもいによる 洗脳のたぐいなのやも知れませんがね。
それがほんとうだと見定めた時から、人は
己 自分を確立し、独り立ちし
周りを受け入れることを、惑うことを、
自信として失くすることを
惑い葛藤し妥協でも納得して、己の道として
過去も未来も今今を歩み往くのでしょうから(??)
うまく言えないな、上手く伝わるのだろうか。
なんてここは自分が毎年見て嗤えるぐらいでいい、私の記録だから、私だけがわかればいい仕組みですね。
さてもうこんな時間なので、そろそろやめましょうか。
去年一年、特に何事もなく家族が連れ立って此処まで来れたことを幸せに思います。また来年もこうやって去年と同じ気持ちでつらつらとブログを更新できることを願っています。
私の視界に映るもの、全てが幸せで在るように祈ります
それが私の幸せであることのように
なう(2021/01/01 01:43:08)
0コメント